2021年、司法試験最年少合格者の年齢が18歳3ヶ月になった。翌年の2022年にはその記録を一瞬で上書きした17歳11ヶ月の合格者が現れた。そして今年、ついにその記録すら上回る17歳の高校2年生が現れた。だが、合格者のインタビューを見ると、その全員に共通していたことがあった。
それが、「法律の勉強にのめり込んでいる」という点である。
法律の勉強というと、やはり暗記の詰め込みなど、一種の苦行ともいえるものを数年続けてやっと司法試験へ、という感覚が普通だと思うだろう。だが、彼らは違った。
彼らは、興味・関心を原動力にして学んでいる。夢中になって学んでいるのだ。
そうだ、私は見失いかけた。自分の信念の一つを。
私は常々、この言葉を多くの人に話している。
「あの人(首席)を超えたいか?」「いいや、あの人は天才だから無理だ」
私「そうか。天才も私達と同じ人間だから、いつかは超えられるはずだ。天才を超えたければ自分がその天才になれば良いではないか。簡単な話だろう?」
そう、どうしても勝ちたい天才が目の前にいるなら、私自身が天才になればよい。そういう思いで生きてきたことを。
だが、問題は、その天才にどうやってなるか?
孔子は以下の言葉を残している。
「才ある者は、努力する者に勝てず 努力する者は、楽しむ者に勝てず」
楽しむ者こそ、今回の司法試験最年少合格者もそうだが、俗に言う「天才」なのだろう。
しかし、その天才が法廷で相手方代理人として出てきたら?その時も「相手は天才だから勝訴出来るわけがない」として依頼者に謝罪するのか?そんなことはできんだろう。
だから私も、同じ人間であるのなら、彼らと肩を並べられるよう、天才と言われるまで実力を高めようと思うのだ。
そして、たった今、その天才にどうやってなるか、一つの答えというか、終着点についた。
今日から、その勉強法で行こう。